恋する遺伝子

ヒトはなぜ恋をするのか その秘密を明らかに

ダーウィンの進化論(種の起源・自然選択説・自然淘汰説)とは?

      2018/03/21


種の進化について書かれたダーウィンの種の起源

 

ダーウィンの進化論・種の起源とは?自然選択説・自然淘汰説とは?

 
生物の進化について考えるとき、ダーウィンの進化論(種の起源・自然選択説・自然淘汰説)は欠かせない。
 
ダーウィンは、著書「種の起源」において「自然選択によって、生物は常に環境に適応するように変化し、種が分岐して多様な種が生じる」と記した。
そしてこの過程を「生存競争」「適者生存」などの単語を用いて説明を行った。
 
自然選択(自然淘汰)とは、
・生物の個体は同じ種であっても様々な変異が見られる(変異)
・変異の中には親から子に伝えられるものがある(遺伝)
・変異の違いには自身の生存確率や次世代に残せる子孫の数に差を与えるものがある(選択)
これらのメカニズムによって、自然環境の適した性質を持つ個体のみが選択されてきた。
とするものだ。
 
3項目目が自然選択説(自然淘汰説)のポイントだ。
一般的に、生物の繁殖力は環境収容力(その環境における生存可能個体数の上限)を越えるため、同じ生物種の中で生存競争が起きる。
そして、個体自身の生存と繁殖に有利な性質を持つ個体が、より多くの子孫を残すことができ、その性質の多くを子孫に伝えることが出来る。不利な性質を持った個体の子供は少なくなる。
このように適応力の差によって自然環境がふるい分けの役割を果たすことを自然選択(自然淘汰)とした。
 
つまりは、環境に適した個体が生き残ることを「自然選択(自然淘汰)」といい、結果として種が変化していくことを「進化」と定義したのだ。
 
ここで正しく理解しておく必要があるのは、「進化」には「進歩」という意味はなく、単なる「変化」である点だ。
 
 
【種の起源】
ダーウィンの進化論(種の起源・自然選択説・自然淘汰説)_02
 出典:IPA「教育用画像素材集サイト」 https://www2.edu.ipa.go.jp/
 
 
より具体的にキリンを例に取って説明しよう。
ダーウィンが自然選択説を発表するまでは、キリンの首が長いのは、木の高い場所にある葉を食べようとして(個体の望みによって)、首が伸びていったと考えられてきた。
しかし、ダーウィンはキリンは首の長さの違いが自然淘汰の条件の一つになったと考えた。
 
・同じ種の中でも首の長さが少しずつ違う個体が生まれる(変異)
・エサが豊富でない地域では首が長く高い場所の葉を食べられる個体が残る(選択)
・首が長い特徴が子供に伝えられる(遺伝)
 
そうやって、首が長いという特徴を持った個体が生き残り、少しずつ他の個体より有利な首の長さを持つ個体が子孫を残し、何世代も代を重ねた結果、首が長いキリンのみが生き残った。
これが自然選択(自然淘汰)の考え方だ。
 
また、個体が持つ特徴に生まれる変異は、特定の方向を持つものではなく、偶然による機械論的なものだとしたことも特徴的なところだ。
(個体の望む方向に変化をするのではなく、多様な方向に変化が現れるもの。としたのだ。そして、その中から環境に適したものが残った、と言うことだ。)
 
 


 

ダーウィンフィンチと種の起源

 
ダーウィンの進化論に出てくる有名な生物に「ダーウィンフィンチ」と言う鳥がいる。
ダーウィンがビーグル号での航海の途中で立ち寄ったガラパゴス諸島で発見し、進化論の着想のきっかけとなった鳥が「フィンチ」に似た鳥であったことから「ダーウィンフィンチ」の名前が付けられた。
 
ガラパゴス諸島は絶海の孤島で、しかも地質学的に比較的新しい火山諸島であるガラパゴス諸島にこれだけの種が存在していたとは考えにくいことや、近縁の種が南米に生息することから、かつて存在していた島々を伝って 200万年~300万年前に祖先種となる一群が渡来し、環境に合わせて適応放散的に進化したことの例証とされている。
 
適応放散とは、生物の進化に見られる現象の一つで、単一の祖先から多様な形質(特徴)を持つ子孫が出現することを指す。
 
【ダーウィンフィンチ】
ダーウィンの進化論(種の起源・自然選択説・自然淘汰説)_03
 「ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版サイト」より
 
 

ダーウィンの種の起源が発表された時代背景

 
ダーウィンが「種の起源」を発表した当時は、まだ「メンデルの法則(優性の法則・分離の法則・独立の法則)とは?」を始めとする遺伝についての仕組みは知られていなかったため、突然変異や遺伝の仕組みを上手く説明できていなかったが、「進化」を「進歩」とは違うものだと認識し、特定の方向性がない偶然の異変による機械論的なものだとした。
現在の進化論はその後多くの科学者によって少しずつ変更されてきているが、進化の概念を多くの観察例や実験による傍証などの実証的成果によって、仮設の段階から理論にまで高めたのだ。
 
しかし、ダーウィンは「種の起源」で進化論の学説を発表したが、キリスト教の聖職者たちからは非常に強い非難を受けた。
理由は、聖書には「神は六日で世界を想像したとき、全ての生物を個別に創った」と書かれているが、「ヒトも神様がお創りたもうたもの」であると考えられていたからだ。
それに対して進化論では、「ヒトはサルから進化した」と唱えたからだ。
 
 

ダーウィンの種の起源に関連する情報

 

チャールズ・ロバート・ダーウィン

Charles Robert Darwin。1809年02月12日~1882年04月19日。イギリス。
 

種の起源

「種の起源」の完全な題名は
『自然選択の方途による、すなわち生存競争において有利なレースの存続することによる、種の起原』
「On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life」
である。
 

自然選択(Natural selection)

「自然選択」は「自然淘汰」という意味ではあるが、「種の起源」の中での原文では「自然選択(Natural selection)」と言う単語を使っている。
 

進化(Descent with modification)とは

ダーウィンは、「種の起源」の中で「進化」を「Descent with modification」と表記している。
「Evolution」と言う単語は、「進歩」や「前進」という意味を含んでいるが、「進化」とは「進歩」という意味はなく、単なる「変化」であるとしている。
これは現代にも通じる考え方で、「進化」とは「進歩」ではなく「変化」であるとしている。

 - 進化論・遺伝学・利己的遺伝子論の基礎